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2008年11月 4日 (火)

料理屋のしごと


七月の或る日の夕刻。

ご家族連れの三名様がテーブルのお席にお座りになりました。

私と同年くらいのお父様とお母様、それと13才くらいのお嬢様のお三人。

私が担当させて頂いておりましたが、ご注文の頃から何か「不自然さ」を、感じておりました。

どうやらお母様が夜分にも係わらずお帽子をお取りにならずにいらっしゃるのが「そう感じる」原因だと解釈いたしておりました。

何事もなくお食事をすまされ、和やかにお帰りになる運びとなり、ご主人様とお嬢様が先に表にお出になり、奥様がお会計の為にレジにお立ちになりました。

「ありがとうございました、お食事はご満足頂けましたでしょうか?」

「ええ、とても美味しく頂戴いたしました。ごちそうさまでした。」

「それはよろしかったです。お口に合いまして何よりです。」

「じつは、こうして『魚棚』さんに寄せて頂くのは二年ぶりなんです。私が病気をしまして・・・それまでは毎年、一度京都に来た時には『魚棚』さんに寄せて頂いていたのですが。」

「そうですか・・・」

「こうして今年二年ぶりに来れました。」

「それは、憶えて頂いていて、ありがとうございます。」

「また、来年も来たいと思うのですが、来れるかどうか・・・」

「そんな事おっしゃらずに是非ご来店くださいませ。お待ちして居りますので。」

「それが・・・、わたしが乳癌で・・・、それで来年は、来られるかどうか分からないのです。」

「・・・」

「今日は久しぶりに『魚棚』さんに来ることが出来て本当に嬉しかったです。ありがとうございました。」

と、お出になる後ろ姿に「あっ、ちょっとお待ち下さいますか。」

「これは私ども『魚棚』でお昼に使用しております『お箸置き』でございます。南天の木で拵えておりますので『難を転ずる』の意味もございます。毎日お使い頂きましたらきっと来年もお越し頂けるると思います。どうぞ詰まらない物ですがお持ち帰りください。是非、来年もお越し下さるのを心からお待ち致して居ります。」

いち料理屋の支配人の私に出来る精一杯の気持ちをお渡ししたつもりでした。

後ろ姿をお見送りしながら、図らずもお聞きしたお客様のお話に「悲しさ」と「切なさ」と、お越し頂けた「嬉しさ」とで、どうして善いか分からず、しばし途方に暮れておりました。

新京極の角をお曲がりになって、お姿が見えなくなるまでお見送りして、店内にもどり、お席の片付けをしようとふと椅子を見ると、書店の袋のお忘れ物がありました。

とっさに、袋を持って表に飛び出し、着物姿で新京極の角まで小走りで後を追いかけ角を曲がったその時、立ち止まりました。

その場でご夫妻向き合って奥様は泣いていらっしゃったのです。

お嬢様は少し離れたところからご覧になっておりました。


あっ・・・見てはいけないところを見てしまった・・・

と。

お忘れ物を差し出し、無言のままお渡しするだけが精一杯でした。

あれから4ヶ月。

短くはない時間、この仕事を続けて来て初めて考えさせられました。

常々「料理屋とはお客様に空腹を満たして頂くだけの場所ではない。」と、スタッフには話し、自身にも言い聞かせて参りましたが、今回ほど考えさせられた事はありませんでした。

きっと「機が熟して」神様が巡り合わせて下さったのでしょう。

この出来事を自分だけではなく多くの方に知らせる事が、飲食という仕事に従事するたくさんの人たちに知って頂いて、自分たちが何をしているのか、どんな「心づもり」をして仕事をするべきなのかと云う事を考え直して頂くきっかけになればと願っております。

ブログを書き始めまして間も無く「この出来事」がございました。

「この出来事」が心の歩みを止めたまま、あの日に立ち止まったまま、あの日、新京極の角を曲がったその場所で立ち止まったまま、私は今日まで居ります。

そして、今日、こうして「魚棚のブログ」が書けて居ります。

今、確実に申せます事はひとつだけ。

ご病気のお客様が、どうぞ回復され、お元気になって来年もお顔を見せてくださる事。

ただそれだけでございます。

「料理屋の仕事」。

それについてはこれからもずっとずっと、考えてゆきたいと思っております。


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